三国志の関羽の逆恨みについて!
孫権に斬首され、呂蒙を呪い殺しますが、散々戦場で数多の命を殺めて置いて、いざ自分が殺されたら、化けて出ると、 いうのはどうでしょう?
(勿論、演義内の話ですが)
と質問している人がいましたが
この話を作った人は関羽の何【心情?】をつたえたかったんですかね?
日本語おかしかったらゴメンナサイ
関羽は三国志演義のなかでのメインキャラのうちの一人というだけではなく、のちに神格化された人物でもあります。理由は文武両道といったスペック的こともありますが、任侠的な「忠」「義」「仁」を備え大衆に人気があったためでしょう。ですから、関羽が斬首されたあと誰それが死んだ(呪い殺された)というくだりは、「こんなすごい人を殺したらえらいことになるぞー」ということじゃないでしょうか。
主人公ですし、その重要性を訴えたかったんじゃないですかね。
所詮、三国志は、劉備、関羽、張飛3人が主人公ですからね。
関羽が自分のポカで死んだんでは後の話なりたたないからので。
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