2012年3月29日木曜日

三国志の時代の話で、魏軍が100万人の軍勢で攻めたとかあるようですが、本当に...

三国志の時代の話で、魏軍が100万人の軍勢で攻めたとかあるようですが、本当に100万人も参加していたのですか?







恐らく質問者さんが言ってらっしゃるのは演義の事だと思われます



実際は孫権軍が2万人程度、劉備軍が2千2万人程度

そして曹操軍が15~24万人程度だったと言われています



演義は創作が多いので物語を楽しむだけにしとおいた方が良いです








ありえません

100万人も動員したら1日の食糧だけで莫大な量に及び

いくら魏でも国が崩壊します







実際に当時の人工からして、100万人全員が参加した戦はないと思われます。



実際、三国志演義は読者を楽しませる為に、大袈裟に書いてあったそうですし。







実際には魏が20万強、呉・劉備連合軍が5万程度であったとされています。



中国の戦史において「○万と号する(称する)」場合、大抵は大幅に(何割かは当然のこと、時には数倍にも)水増しするのが普通です。

実際より多くの兵を率いていると宣言することで、相手への心理的負担は大きくなり、うまくいけば戦わずに相手を屈服させることができます。

事実、呉の内部でも開戦直前まで抗戦か降伏か意見がまとまらなかったほどですから。



また、当時の軍は食いはぐれた若者などを次々と吸収し、膨張するのが常ですので、「兵力が多い=勝てそう」と思わせることで新たな参加者も期待できます。







何かの本で読んだんですが赤壁の戦いはせいぜい10万くらいの兵だったそうですよ。

現在の中国から考えると100万くらい簡単に集められるって思われますが三国時代の中国はものすごく人口が少なかったそうです。







本当に参加していたかどうかは、実際のところ曖昧だと思われます。



三国志の話には、史実のものと、作られた歴史のものと2通りの話があります。



史実で書かれている場合は、おおよそ100万人前後と正解に近い数字になっているとは思いますが。



あとは、その時の国力などで算出している場合もあると思われます。

0 件のコメント:

コメントを投稿