2012年3月23日金曜日

三国志 なぜ、魏・呉・蜀の三国が天下統一をできなかったか・・・ 蜀 国力の差と...

三国志

なぜ、魏・呉・蜀の三国が天下統一をできなかったか・・・





国力の差と地理的条件が不利だったから



三国志のなかで最も皇帝の在任期間が長かった孫権が防衛的だったから。それと孫登の死による二宮の変が起きたからと、孫峻・孫チン・孫皓が暴虐な政治をしたから





皇族の弱体化

みなさんはどう思いますか?







この後、唐まで、400年間もまともな統一政権ができなかった。と、なると、社会や経済が統一政権を必要としなかった、と解釈すべきである。



漢の時代に荘園が発達して、年々、土地は貴族のモノになっていった。また、シルクロードを通じた貿易は輸入超過で有り、年々、貨幣不足のデフレが進行しつつあった。このデフレによる商業不振は、荘園内での自給自足を促進させ、ますます、商業の比重を下げていった。当時の貴族には、自分の領地の産出物だけで、いかに贅沢できるか競う風もあったと言う。

つまり、荘園が統一を必要としなかったのである。後に、この荘園経済が成熟して、輸出品を量産できるようになり、再び、金銀が中国に流れ込み、統一政権を必要としていく。これが隋唐による統一への背景となっていった。








蜀については、まず、劉禅があまりにも無能で、宦官の

言いなりになってしまったことがあります。また、諸葛孔明

のあとを継いだ姜維が、自らの能力を恃みすぎ、十分な

国力を養わないまま、外征に出たことがあります。



内側がお留守で、外ばかりに目が行っていたから、自滅

したのですね。

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