三国志は、黄布の乱以前と、晋統一後は三国志カテゴリーには、絶対含まれないのですか?
歴史書としての『三国志』は、『魏書』、『呉書』、『蜀書』の三部分からなり、魏文帝(曹丕)が即位した黄初元年(西暦220年)から、三国を統一した晋武帝(司馬炎)の太康元年(西暦280年)までの60年間を詳細に記録した史籍です。なので、厳密に言えば西暦220年より以前の出来事は、『三国志』ではなく『後漢書』の範疇となります。質問者が挙げた黄巾の乱で言うと、乱が起こったのは後漢の霊帝が在位中の中平元年(184年)ですし、その跡を継いだ漢少帝や献帝は諸侯の傀儡になったとは言え、曹丕に帝位を譲るまでは漢王朝は存続し続けていたことも歴史的事実です。また、晋が三国統一した後は『晋書』の範疇になるかと思われます(但し、『晋書』は始祖・司馬懿の伝記から始まりますので、『魏書』とは少し重複する部分があります)。
しかし、『三国志演義』のように、黄巾の乱が魏、蜀、呉の始祖(曹操、劉備、孫堅と孫策、孫権親子)たちが台頭した切欠となった歴史的事件ととらえる事も出来るし、三国時代前期に活躍した主要人物の大部分は後漢末期には歴史上に登場し、台頭し始めたとも言えるので、はっきりとした線引きは難しいと思います。また、晋に関しても言えることが出来ます(晋の初期の文官、武将は三国後期に活躍した人物である場合が大部分ですので)。
結論として、黄巾の乱以前と、晋統一後は三国志カテゴリーには絶対含まれない、ということは私は思いませんし、その頃の歴史と言うのは、何かしら前後の王朝と繋がりがあると思われます。
◆そんなことはありません。
「三国志」の範疇は、陳寿が歴史書『三國志』に記した範囲です。
陳寿が『三國志』で主に著したのは、
曹操の誕生(西暦155年)から晋王朝成立(西暦265年)までです。
つまり、黄巾の乱(西暦184年)以前も曹操誕生までなら
「三国志」として扱って問題ないと思います。
知恵袋には三国志カテゴリーはありませんので、
黄(巾:布ではないですよ)の乱以前と、晋統一後でも、
あえて「三国志で~」と枕詞を付けると、
その前提はおかしいといわれるかもしれませんが、
ご質問は問題ありません。
特に、
黄巾の乱勃発(184年)から三国志の物語が始まるとはされますが、
あくまで便宜上であって、後漢末期(~220年)という括りです。
回答が付く付かないは別にして、
知恵袋中国史カテゴリーは、三国時代に拘らずにご質問ください。
それで良いのだ。統一されたら三国では無いからね。
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