三国志の呉の国王の孫権について質問です。彼は容貌が髪や髭が赤色で、顎が角ばって、胴長短足、目が青色?、と聞いた事があるのですが、これって黄色人種の特徴では無いですよね。
もしかしたら、白色人種の血が混ざっていたんでしょうか。
お父さんの孫堅は容貌は普通だし、お母さんが人種が違ったのでしょうか?教えてもらえませんか。
また、三国志の物語の中で曹操や劉備は目立つのに、何で彼だけは人気が無いのでしょうか?
私は彼が魏と戦うときに、ウジウジ悩んでいたけれど、最後は奮い立って机の角っこを剣で切り、俺に逆らうものはこうなると思え!って皆をようやく黙らした所何かは彼が国主として成長した部分でもあり、一皮向けたとも思いますね。
また、妹の孫尚香を劉備に嫁がせたり、息子を魏に送ったりして駆け引きも上手いですよね。
十分、魅力ある人物なのに何でですかね?やっぱり、関羽殺したり、陸遜を使って劉備を倒したりしたから人気が無いのが大きいかなとも思います。後、孫尚香も可哀想。劉備も可哀想なんだけれど、一回結婚したと思ったら連れ戻されたり、劉備が死んだと思って長江に身を投げたりして死にましたよね。でも、腹違いだけれど妹が自分に翻弄されて死んだら孫権も悲しんだと思うしあれが個人的にやるせないですよね。質問が多いのですがご回答ください。
孫権の容貌の記述は正史でも結構多いので、よほど特徴的だったんだろうと思います。目は「きらきら光っていた」とあるのみ。碧眼ってどっからきた話なんだろ?孫堅パパも非凡な容姿と注にあり、兄の孫策も英邁闊達の気風とあり非凡な容姿だったと思われます。一族皆見た目は上々だったんでしょうね。
出自に関してですが、堅パパは(恐らく)平民出身。母の呉夫人は江東の名家の娘であったと思います。江東という土地柄、異民族の血が混じってない保障はないですが、血筋を貶されたという話は記憶にないので多分漢民族です。蛇足ですが、堅パパが生まれる直前に母親が「自分の腸が飛び出して呉の城門に巻きつく」という夢を見たそうな。母親がそれについて話した相手が、「隣のおばちゃん」だそうです。正史にそう書いてあります。隣のおばちゃんて…平民色丸出しですね。
孫権の人気は…確かにあんまりないと思いますね。私は嫌いじゃないんですが。彼の言動行動は一貫性が無く、しかも気分屋。読んでて退屈しません。節操のない外交も魏に隙を与えないためには当然。ちなみに息子を魏に送ったんですかね?何のかんの理由を付けて拒否し続けていたはず。それを口実に魏が攻め込んできてますから。見落としだったら申し訳ないです。
ですが、失策の大きさが目立つのが人気の無さに繋がってるかなと思います。後年の後継者問題を筆頭に、外道の呂壱を信頼したり台湾(?)に派兵して大失敗したり利用価値もない大銭を発行したりと、まぁ色々やらかしてます。もちろん善政も敷いていたのですが、結局後年は失策続きで大勢の功臣を道連れに死んでいきましたからね。
孫尚香、というか孫夫人は呉のスパイです。政略結婚に使われたのは可哀想ですが、劉備と別れたことは全然可哀想じゃありません。劉備陣営で好き放題暴れて帰っていきましたから。家庭のお目付け役に趙雲を付けなければならないほどだったようです。
孫権は十分、魅力ある君主だと私は思ってます。
最初に一つ言わせてもらいますと質問者さんの言ってることはほぼ三国志演義という小説の話であって史実ではありません。
そこをまず理解しましょう。
あの時代、劉備・曹操・孫権と主に3人の皇帝が誕生しましたが、どの人物も互いに劣っていません。
曹操は陳寿も評したように、「非常の人、超世の傑」です。簡単にいえば、まるでこの時代の人物ではないと思うほどずば抜けた才能を持っている、と評した訳ですね。
劉備は地方のヤクザの親分から皇帝になった人物ですが、なるほど、それだけの才能はあります。一つ上げるならば人を見る目がハンパじゃありません。
あと劉備は漢を新たに再興させるんだ!とそれを目標にしたことも目立つひとつの要素ですね。なぜなら連想させるのは漢を救い、後漢を興した光武帝・劉秀だからです。
あと目立つという面では、二人は三国志演義の主人公と悪役の立場ですから、知名度的にも三国志演義は知れ渡ってるのでどうしても孫呉に比べて二人は目立っちゃいますね。
では孫権はどうでしょう。孫権は漢を助ける、などの目標はまったくなく、とりあえず自分の国を維持し、中華統一するんだ!というあまり二人に比べて目立たない目標を掲げたから今の評価があるのかもしれません。
現に孫権は呉の地を守るためにある時は劉備と組んだり、またある時は曹操の下についたりして絶妙な外交テクニックで国を守りました。
その絶妙な外交のための犠牲者が孫権の妹です。可哀想といえば可哀想ですが、兄の国を守るためなら彼女は本望だったんじゃないでしょうか。
あと、劉備の死後、自殺したというのは作り話であります。
目標の違い・一本線では行かず、悪く言えばあやふやな外交、などなどから孫権は二人に比べてあまり目立たない・カッコよくないと言えるでしょう。
でもさきほど述べた孫権の外交テクニックはかなり評価させるべきものだと私は思ってます。
そういうことから孫権は二人には優れずとも劣ってはいないと私は思ってます。
ただ、孫権の失策をあげるとするならば孫権の老後です。これは二宮の変という、また複雑な話になるので割愛させていただきます。
つまり私が言いたいことは、孫権は確かに目立ってないかも知れない、でもそれは本当の孫権を知ってないだけで二人には必ずしも劣ってるとは言い難い、という事です。
人物の評価など人によって変わりますから、質問者さんも孫権をよく知って、そこで初めて評価をしたら良いと思います。
以上、長々と失礼しました。
髪の色、
多分演義、それとも長い年月の世間話からよな
史伝《三国志》で。
孫権の外見の叙述がそれだけ。
汉以策远修职贡,遣使者刘琬加锡命。琬语人曰:“吾观孙氏兄弟虽各才秀明达,然皆禄祚不终。惟中弟孝廉,形貌奇伟,骨体不恒,有大贵之表,年又最寿。尔试识之。”
人気の問題ならまあ、簡単に言えば
1~小説主人公じゃない、
2~領地全部父兄から貰った
乱世で長い時間生きてた、人として大成功、伝説として、ちょっと不足よね
――――――――――――――
まあ興味持つなら、それを読んでみ?
史伝《三国志ー呉主伝》
http://www.tianyabook.com/lishi/sanguozhi/047.htm
凄い難しいかも...
まず容姿の事は演義によるイメージが多いので真実はわかっていません。ただ黄色人種以外の人種もこの時代の中国にいた可能性は十分にあるのでまったく無いとは言えないと思います。
人気の事では、孫権はまず登場時期が他の二人に比べて遅い事(1世代ほど下)が一つ。
また劉備の長坂の戦いや荊州四郡攻略戦、蜀侵攻戦、曹操の対呂布戦や官渡の戦い、青州黄巾賊討伐戦などの華々しい戦歴に対するような戦が少ないということもあります。前半のクライマックス、董卓討伐戦も幼すぎて参加していませんでしたし中盤のクライマックス赤壁戦でも自分自身は特に活躍した記録はありません。
そもそも三国志演義では劉備が主人公、それに対するライバル的存在として悪役の曹操という構図であり、孫権は若干影が薄いというのが現実です。
劉備は裸一貫から国を作るサクセスストーリー、曹操も実家こそ役人の家ながら袁紹等の自分より巨大な戦力を次々倒し、日本の信長的な存在感であるのに対し、孫権は父や兄が地盤を作った物を受け継いだだけという印象で、どうしても物語性のある劉備や曹操より人気は落ちるのでしょう。おっしゃるように絶大な人気を誇る関羽を殺した事や妹の政略結婚の事、晩年の陸遜処刑や後継者選び失敗などの失政も影響しているかもしれません。
尚政略結婚ですが、当時は当たり前に行われており、実際に愛し合っていたかまでは分かりませんが、現代の感覚からすればやはり可哀そうに思えますね。
実際には国力を豊かにし守りを固め、人を上手く使うなど名君と言っても過言ではないと思います。実際、魏呉蜀の三国中最期まで残ったのは呉ですしね。やはりイメージというものに左右されるんですね。
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