孫権の面相について
呉の孫権は「紫髯碧眼」といわれますが、
やっぱり異民族の血が入っているんでしょうか
「三国志演義」的にお答えすると、
当時、辺境一帯ではそれぞれ異民族との雑居状態が当たり前であり、
雑婚による混血も多かったとされます。
呉のあたりには、
山越(揚州、荊州あたりの中国南部の少数民族多数)
と呼ばれる異民族の血統が入っているとされます。
山越は、紀元前に会稽のあたりに存在した越国の末裔と言う説が有力で、
孫権とは叛乱を起こしたり時には慰撫されたりと因縁が深い関係です。
「碧眼紫髯(青い目に赤いヒゲ)」とされる「孫権」も、
南方異民族の血が入っていた可能性が充分あります。
ところが、
「正史三国志」に記載される孫権の外貌については、
演義と明らかな相違があります。
裴松之注に幾つか言及があります。
『堅為下邳丞時、権生、方頤大口、目有精光、堅異之、以為有貴象。』
[頤(アゴ)が張って、口が大きく、瞳にはキラキラとした光があった。]
(呉志・呉主伝裴注所引『江表伝』)
『張遼問吳降人、向有紫髯将軍、長上短下、
便馬善射、是誰。降人答曰、是孫会稽。』
[紫髯の将軍で、背丈は高いが足は短い。]
(同上『献帝春秋』)
これに拠ると「紫髯」は出てきますが、
「碧眼」はとの記載はありません。
孫権を「碧眼」とすることは『三国志平話』にも見えず、
『演義』の創作の可能性が高いと思われます。
「紫髯である」という言葉を根拠に、
「孫権」に南方異民族の血が入っていたとすることは、
出来ないのではないでしょうか。
『演義』で「碧眼」とされる人物は孫権以外にも、
「南華老仙」(第1回)、
「李意」(第81回)、
「沙摩柯」(第83回)、
「孟節」(第89回)と結構いますが、仙人・隠者・南蛮王ばかりです。
いずれにしろ、「碧眼」=「異人」としての記号なのは明らかです。
無論「異人」には「異民族」も含まれますが、
孫権の「碧眼」が「異民族」を意味するかは疑問符がつきます。
202年に「孫権」の母親「呉夫人」が亡くなっています。
彼女は呉(蘇州)の生まれで、
地元の名士の娘で、
孫家より身分が高い家柄です。(呉夫人伝)
「孫権」の父親である「孫堅」も、
容貌は非凡とかかれているだけで、
異民族の特徴を示す特徴は正史に見えません。
孫権は、孫武の子孫だと主張しています。
これは、正史にも載ってはいますが、
陳寿が「子孫なのだろう」とぼかした表現を載せています。
正史という歴史書の記載としては、極めて不適切な描き方です。
劉備が中山靖王劉勝の末裔と称したのと同じで、
「はく」を付けるための方便に過ぎないのではという気がします。
孫氏は、
斉(山東半島)の名門の田氏で、
田完(BC700年頃)から五世の子孫が、
軍功あって孫姓を賜り、孫氏を立てたとされます。
先祖を遡っても、どうも異民族との接触に記録がありません。
孫権に異民族の血が入っていると読めるのは、
「演義」の創作であり、
ある意味夢がない話ですが、
その信憑性は低いのではないでしょうか。
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