2012年3月13日火曜日

三国志の呉?の滅亡

三国志の呉?の滅亡

三国時代、呉(だと思うんですが)の滅亡を予言した人物がいるそうなんですが、

誰かわかりますか?







「趙達(ちょうたつ)」のことかと思います。



趙達は、河南郡の人で、後漢の持中を勤めましたが、

戦乱が近づいて、王者の気があるとされた東南へ難を避け、

長江を渡り、孫権に仕えました。

彼は、「九宮一算の術」という占いの術を身につけ、

飛んでいる蝗の数や、隠された品物の名前を言い当てたりできたといいます。



224年に、魏の曹丕が呉討伐の軍を起こし、広陵まで進みますが、

徐盛の偽城の計に嵌って、撤退します。

孫権は、事の成り行きを趙達に占わせます。

趙達は、曹丕は退却したが、呉は58年後の庚子の年に衰亡すると占います。



孫権は、

「目前のことで手いっぱいで、遠い先のことなど考えてはおられぬ。

それは子孫の問題だ。」

と相手にしなかったそうです。

呉が滅びたのが280年ですから、2年の誤差がありますが、

280年は、紛れもない康子の年に当たります。

これは、「呉書」呉主伝に引く干宝の「晋紀」に見えます。



また、偉昭の「呉書」には、

孫権が帝位に即位した際、

趙達に天子として何年在位できるか問いますが、

「漢の高祖の倍されましょう」と占いました。

高祖は12年在位し、孫権は229年~252年の24年でした。

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